劇場文化の振興のために「日本劇場技術者連盟」の基盤整備を

 

 

                                      (一社)日本劇場技術者連盟理事  齋藤讓一

 

1.提案の趣旨

 

「劇場・音楽堂・ホール」とは、芸能における演者や演奏家や、劇作家や演出家、各種デ ザイナーなどのクリエイターや劇場技術者(舞台・照明・音響・映像)、大道具・小道具・ 衣装・かつらなどの製作者をはじめとする専門家たちが、それぞれの能力を併せてそれらを 統合することで舞台をつくっていく場です。これらの専門家は、企画段階から文字通り協働 のプロセスを経て舞台での上演に至ります。 

 文化芸術国家樹立を掲げる日本は、国立劇場、公立文化施設等が世界的にみても類を見な いくらい全国各地に数多く存在し、都市には民間の専門的な商業劇場や大ホールが稼働し ており、大学・専門学校等のホール施設、近年に増加する大型アリーナ施設や集会場など、 劇場パフォーマンスの可能性がますます広がっています。21 世紀初頭には、人々が居住す る地域に関わらず公平に豊かな文化芸術体験ができるための基本的な理念となる文化芸術 基本法、劇場の社会的意義を定めた劇場法、一方では、市民サービスの向上と施設運営の効 率化を目的とした指定管理者制度など次々と法整備や行政改革の名のもとに新たな制度の 導入がなされました。 

 

 劇場とは、専属の専門技術スタッフが配置されており(プロパーとして雇用、委託契約関係 問わず)、専門的知識と経験を積んだ技術責任者が配備されているところです。 

(なお、資格認定制度については、単なるライセンスに留まらず、社会的明示の観点からも、 技術者倫理を備え持続的な業界発展を担う人材育成の観点からも極めて重要であると考え ております。) 

 

劇場ホールで働く技術者をメインに構成される私たち日本劇場技術者連盟では、劇場技 術を多様で新しい文化及び芸術創造のために発揮することとし、国際的な広い視野を持っ て、その可能性に立脚しつつ、我が国の芸術文化の振興に寄与することを目的として活動し てまいりました。

 

 その事業は、劇場技術者の育成及びその技術力の向上、技術を活用した新たな芸術文化の 創造、情報誌、図書等の発行など、模索しながらではあるが、地道な積み上げを行なってき ました。

 

 とくに、任意団体時代を含め一貫して、劇場・ホール等文化施設に集うすべての人々の資質と社会的地位の向上を図り、合わせて親睦を密にし、連携を強化することで一般社会、地 域住民の期待に応え活動を行い、もって世界平和及び芸術文化の高揚に寄与するというミ ッションを設定いたしましたが、この目的を達成するために、連盟に参加する劇場技術者芸 術家をはじめとする劇場文化に係るすべての人々が活動する団体としての名称変更の提起 が 2019 年 5 月に総会で議論されました。 

 

 総会では、海外から見て分り易い名称へと、英語名は UCPA(United Creators of the Performing Arts)とすることに決定されました。しかし、日本語名については、理事会で 名称変更の提起された「国際劇場技術連盟」への反対の意見具申も多くありました。それを 考慮して約1 年の歳月をかけて理事会等で討議を重ねた結果、「国際」という頭文字を取り、 日本語名を「劇場芸術技術連盟」とすることで、2020 年度総会で提起することになりまし た。国民が年齢や性別、居住する地域にかかわらず、等しく、誰もが豊かな舞台芸術を享受 できるようにすることを目指す社会組織として基盤整備を図ってまいりました。 

 

 しかし不本意ながら、現在では新型コロナウイルス対応の特別措置法にもとづく緊急事 態宣言が発令されています。そのため、当連盟の基盤整備進捗状況にも少なからず影響を受 けています。このような時期だからこそ、当連盟の意義を再認識して劇場関連業界の復活に 向けてさらに発展へ向けて役立つような活動を広げてまいりたいと存じます。 

  ここに劇場技術者の立場から、一般の人も含めた文字通りの『共生する社会』の考え方を 提起するためにも、広く多方面から関係の方々がさらなる議論を重ね、当連盟の具体的な活 動に向けて協力して下さることを願っています。

 

 

2、劇場技術者とそれを取り巻く劇場社会と変化 

 

 劇場技術者は、劇場の機構・機器を運行し常に危険を直視しながら事故のないように安全 管理を徹底して、多様かつ複雑化している演出表現を支える役割を担います。劇場では、外 から集う観客や施設利用者へのサービスが第一とされています。また、利用者係、受付・案 内係、楽屋係、警備係、施設管理係、営業係、総務係、経理係、用度物品係、他にも同時通 訳や売店、食堂などの仕事に係る人たちが共働している場です。劇場建設や改修などのハー ド面では、劇場建築家や建築デザイナー、劇場コンサルタント、メーカー各企業などが関わ り、劇場産業界全体の発展を鑑みてそれぞれ専門的な役割をしています。 

  全国を見渡しますと、高齢者や子供にやさしく文化的に暮らしやすい街にと、劇場やホー ル、映画館、広場や公園と一体感のある野外劇場などが、駅付近エリアに位置され、お洒落 なレストランやカフェ、図書館や教育施設、集会施設などを盛り込んだ都市再生計画も進ん でいます。そこでは、音楽コンサートや演劇・ダンスなどのパフォーマンスや様々な芸能イ ベント、アニメや展示などのエンターテイメントの催される演出空間が生まれ、様々な文化祭りが頻繁に繰り広げられています。それらの原点は、まさに劇場文化なのです。その創作 に係わる人とそれを支える人が、人々に楽しみと感動を与えることで、自らの仕事に誇りを 持って仕事へのモチベーションを高めています。そうした芸術家や技術者が、生き生きと働 けるような「劇場文化に係るすべての人のための共生社会」の構築を図っていくことが、ま すます求められているのではないでしょうか。

 

3、公立文化施設で働くスタッフの課題 

 

 現代の公立文化施設では、「公の施設」という一般規定だけが存在し、施設利用者は、 借りて使用する集会施設という概念が先行してきたが、ここにきて状況も変化の兆しが見 えるようになってきました。地域住民の利用とは単なる貸館ではなく、文化的サービスを 受ける利用であって、専門家の主催する事業中心で、質の高いサービスを提供する公共劇 場も出現しているからです。しかし、一般的には多くの自治体では、借りることがすなわ ち利用と考えられている傾向は依然として根強いので専門性が二の次になっています。そ の点が、劇場スタッフのモチベーションが上がらない原因にもなっています。海外のよう に、住民参加によるコミュニティ活動としての場と、プロフェッショナルな舞台芸術作品 の上演団体を同列に扱うことがないように、所轄の行政官庁への理解を求めることで、劇 場スタッフが単なる管理人でなく専門家としての待遇を認めさせることも連盟の使命でな ければならいと考えます。 

 

4、劇場技術者の働き方改革とその課題

 

 舞台現場やイベント会場で実際に起こっている問題に、20 代~30 代の働き手が不足して いるという窮状が露わになっています。政府が掲げる働き方改革の背景には、労働力人口の 減少が想定以上に深刻に押し寄せているからです。とくに、技術スタッフが所属する管理委 託会社にとっては、大変重要な経営課題のひとつなのです。働き手を増やすために、女性ス タッフ雇用が増えていますし、舞台現場でも男女均等が進んでいます。長時間労働による健 康被害が問題視される今、生活も大事にしながら仕事をするワーク・ライフ・バランス(仕 事と生活の調和)などで年次有給休暇の取得や労働時間の設定に向けた取り組みが推進さ れています。時間外労働の上限の設定や正規と非正規雇用の格差是正などいわゆる労働環 境を大幅に見直すようになりました。職場環境の改善や福利厚生の充実、給与の引き上げな ど対処すべき課題を解決しなければ、次世代の若者の離職率に歯止めがかからないのです。 業界でもかつての舞台現場では、暗いきつい汚いという3K のイメージが払しょくされな ければ若者が入ってこないという危惧があり「心」と「体」をメンタリングするための良質 なワークを生み出すことの大切さを認識しなければなりませんでした。ともすれば、舞台の 照明に携わる若者の日々の仕事は、重い照明器具を倉庫から運び舞台にセッティングし本 番が終わればまた元に戻すのが仕事といっても過言ではありません。最初は、照明デザインの華美さにあこがれて入ってくる若者も、重労働で腰を痛めたりしてしまい仕事が辛くな ってきます。常に、舞台上でのケガや人身事故の危険にさらされています。暗い舞台でのキ ューや操作、舞台転換には、ミスのないように全神経を集中し緊張した精神状態が強いられ ます。私たちの世界が、ブラック産業として見られてしまっている点も否めない事実です。 舞台で手間暇がかかるクリエイトより、適切な労働管理を優先しようとする動きが世界中 で進んでいます。演出家やデザイナーの創造へのある種の没頭が、スタッフの健康障害へも 影響を及ぼすことがあるという見方からです。クリエイトすることと労働管理はアンバラ ンスなのが現実なのです。 

 夢と感動を伝えるクリエイトな仕事に魅力を感じて、舞台が好きで労はいとわずという 風潮があったのは今や一昔前のことです。安い賃金、きつい労働の中でも、その人たちのよ りどころは、舞台で繰り広げられるパフォーマンスを自分たちが支えているという自負心 でした。演者や演奏家を目指していて裏方になったという人もいました。しかし、年月が過 ぎ時代が変わったのでしょうか。テレビドラマも見ないスマホの世界に浸る若者が多くな っています。ドラマティックな感動を求めるより手軽に体験できるスマホの面白さや、身近 に見られる You Tube に若者の興味が移ってきているからかもしれません。時代の変化は否 めませんが、それでも生の時間芸術=舞台芸術を愛し、劇場産業界の魅力に気づいて貰い、 業界に入りたい若者を増やすしかないのです。プロフェッショナルな劇場人の人生の目標 に、技術を研鑽して身に着ける大切さを伝えなければなりません。「ものづくり」の苦しみ と楽しさが技術の向上に結び付くのです。技術とは、ステップアップしてこそ一流への道に 通じます。

 

 劇場技術の仕事は、永続的に真摯に取り組めば奥が広くやりがいも出てきます。しかも、 演出家などの指示を舞台上で具現化し進行して表現する仕事ですから、裏方職人であると 同時に舞台上で最後の表現をするという意味で総合的な芸術家なのだともいえるでしょう。 舞台芸術とは、技術のサポートがなくてはならず、あってこそクライマックスへと導かれ幕 引きを迎えます。芸術と技術は力関係ではなく、一緒に協働する関係との結論に至りました。

 

5、人材育成について 

 

 私たちの日本劇場技術者連盟では、劇場世界で共生するすべての人々が民主的に参加で き、様々な職種の人々が会員になっています。目的はひとつ、みんなの総合力で劇場文化の 振興に貢献し、より業界発展を目指そうというものです。 

劇場は特殊で専門的な場であるために、クリエイトを支える技術専任スタッフがいて、し かも技術責任者としての配置が義務つけられることが望ましいのです。劇場やホール運営 者が専門家を登用しても、資格認定制度や教育・研修実績を形式的に要件とすることは自由 な芸術表現を規定してしまうこともあり難しいでしょう。しかし、私たち連盟では、劇場技 術者 1 級 2 級 3 級という資格制度を設けています。それはプロとしての一定の技術水準の確保と安全管理の教育、新しい技術に対応できる再教育など技術面の進歩を促すためだけ でなく、クリエイトに重きを置く資格制度の充実化が必要だからです。熟練した舞台技術及 び知識を用いて、あらゆる場で劇場技術を必要とする対象に、水準の高い認定資格者を社会 に送り出すことにより、劇場技術の普及と質の向上を図ることを目的としています。 

 

 劇場芸術を支える技術者の地位向上には、芸術家であるとの社会的認識も大事です。

 

6、私たち連盟の取り組み 

 

 欧米では、豊富な経験と技能を持ち、劇場のクリエイトと技術運営を統括するプロダクシ ョンマネージャーが重要な役割をしています。劇場技術者は劇場の芯に位置するものであ り、機構機器の管理運行のほか技術運営予算や技術演出や公演制作に係るマネージメント に係ることもこれからは必要です。小さな劇場では、人件費に余裕がないため舞台制作、進 行、照明、音響の仕事をオールマイティに一人で兼ねています。そのひとが、プロダクショ ンマネージャーとして機能すれば、小さな劇場でも合理的に進展が図れます。連盟の特色と して、有能な技術責任者あるいはプロダクションマネージャーの育成を目指すことも視野 に入れていきます。劇場では、技術者が館長職など運営管理者を任せられる時代がやってき ていますし、反対に事務方が技術を身に付けて質の高い運営管理が可能になります。分業化 の逆になりますが、総合的な技術力を高めることで広い知見が持てるようになります。また、 技術力だけでなく、ソフト面への知見も必要です。古典芸能からミュージカルや現代パフォ ーマンスまで多様多様な芸能分野にわたった知識力を高めていくことです。進化する新た な機器等の開発に敏感に反応して、演出空間にも生かせると劇場技術の未来が開けます。私 たち連盟は、これから新たなイノベーションに対応する研究を奨励し功労者を業績の顕彰 も行っていきます。劇場技術者が技術力と運営力を持ち、クリエイト面を追求する力を身に 着けて芸術家であり技術者として社会的に認められ誇りを持って仕事したいものです。芸 術と技術に係るすべての人々が共生してこそ劇場文化は永遠に続いていでしょう。私たち 連盟は、新進芸術家技術者の育成研修会、講演会、展示会、技能認定、地域活性化、業界関 連団体との連絡提携及び国際協力、研究の奨励及び業績の顕彰、福利厚生事業、連盟誌およ び関連図書の発行やそれ以外の目的を達成するために必要な事業に取り組んでいきます。 

 

 しかし、まだまだ解決できない多くの課題が山積みですが、会員一同力を合わせて、明日を 切り開く『劇場芸術技術連盟』としての基盤整備を進め、より良い事業展開が進んでいくこ とをここに祈念いたします。今後とも、皆様の揺るぎないご賛同と。ご参画、ご協力、ご尽 力をお願い申し上げます。