劇場技術者の今昔 八板賢二郎(日本音響家協会会長)
私は最近、チラシの作り方やイベントの企画など、いろいろなセミナーを受講し勉強しています。役に立つかどうかは分からないのですが、60(歳)の手習いをやっています。
イ
ベントを企画して、思うように集客できなかったときの言い訳で一番多いのは、「人がこないイベントだから私たち(行政や公益団体)がやるべきなのだ」で す。次は「市民の意識が低いからだ」と来ない人を非難しているのです。本当は、そのような方たちに参加して貰いたかったのではないでしょうか。そして次
に、天気や交通の便などの悪条件を並べることが多いようです。
農政にみる我が国の行政
お配りした新聞の切抜きは最近の話題として提供しました。 本 日のセミナーは、このような中央の景気の良い話ではなく、各地の多目的貸ホールや小さなホールの管理運営の問題を考える会です。これが正しいという1つの 方向を決めるわけではありません。皆さんの立場や条件によって、いろんな考え方があります。皆さんに適した方向が見つかればよろしいのではないかと思いま す。 行政は全国を同じようにコントロールしたがります。それでは駄目であると私は思っています。いろんな形で運営するホールがあってよろしいのです。逆方向、別方向に進む人がいてこそ発展するのです。 新 聞記事のもう一つ(毎日)をご覧ください。「迷走する日本の農政」とあります。私は農家の生まれなので、高校生のころから日本の農政はダメだと思っていま したが、現在は破綻状態ですね。これが日本の行政の基本形です。例えば、昨年玉ネギが不作だと、今年は玉ネギを作れと行政指導してきます。そして今度は作 り過ぎて廃棄する、ということを繰り返し続けてきたのです。そして、米も余っているので、米を作らなければ補助金を出すという策をとるのです。このように コントロールされながら、結局は農業が滅びてしまうのです。
と
ころが、最近では農業従事者も利口になって自立し、独自の方向に歩みだしたのです。東国原知事出身地の宮崎県都城市では、二十代の若者が農業を始めたので す。ベテラン農家が作成したパソコン・データをもとに作業をして、上手にお米を作ってる。また、山形県鳴子の農家は、旅館と提携するなどして地元にお米を
売ることを第一と考えたのです。そして、お米の袋に製作者の写真を貼り「私が作った米」という個人ブランドで各地に通信販売しています。「○○ひかり」と か「○○こまち」などという大きなブランドで
また、団塊世代を農業に引っ張り込むなど、個性のある農業が、いくつもスタートしているのです。
もう一つの新聞記事(東京)をご覧ください。 東京の某劇場役務提供会社の若手社員が集団退社して、この業界から去っていきました。名古屋では、有能な技術者が会社を辞めて独立し始めたというということです。いずれも生計が成り立たないからです。
では、指定管理者制度とは、なんなのかです。
公共ホールの位置づけ
では、ここで公共ホールとはなにかを考えてみましょう
次に、公共ホールの役割についてです。 地元の住民(納税者)は、自分たちのモノと考えています。カラオケ大会に使いたくても使えないでトラブっている例もたくさんあります。 指定管理者の時代になったので、公共ホールのあり方をもう一度考えるチャンスが到来したのです。これは良性です。 まず、公共ホールは芸能を作るところでしょうか? であります。自前の劇団や劇場を持つのならば別ですが、余所で作られた芸能を仲介するのが、もっぱらの事業となっているのではないでしょうか。
自主企画といっても、東京などで作られた歌舞伎やオペラや演劇などを連れて来るということが主です。高い入場料のものを県や市の補助金で安く観せたりします。これは、立派な地域住民への税金の還元です。 次の役目は、外部に演ずる場所を賃貸することです。外部のプロダクションやプロモータに場所を提供して、市民が東京や大阪に行かなくても一流の芸能を鑑賞できる。これも地域住民への素晴らしい提供です。 そ して忘れてならないのが、地域住民に集会の場を提供することです。皆が集まりセミナーをやったり、また自発的に演劇をやったり、習い事の発表の場として、 ホールにプロのスタッフを揃えて支援する。そのことにより、地域の人たちの文化意識が高まり、一流のプロの芸能を観たいと思うようになれば、その人たちは 目の高い観客になるのです。公共ホールが新しくオープンすると、そこの地域住民の文化芸術に対する意識は高まり、いきいきとしてきます。それが公共ホール の第一の役目です。そのようにならないときは、そのホールの存在価値はなく、無用の長物化するのです。
地域住民との関係 公 共ホールを所有する自治体の違いにより、地域住民の所有意識が違ってきます。国立、県立、市立、町立の違いで、それに対する国民の意識が異なります。区立 や町立になると地域住民は、自分たちのモノという意識が高く、運営に対する監視は厳しいです。したがって、地元優先に運営しなければなりません。カラオケ や習い事の発表会を優先します。利用料金の設定もそのようになっています。地域住民は低料金になっていて、有料の営業公演の場合の使用料は高額になってい ます。 ところが国立になると、プロの人たちの利用料は安く、素人の公演は高額になっています。そして運営に対する国民の監視は緩くなっています。
ホール関係者は、市民からどのように見られているかということが気にしなければなりません。 公共ホールは、それを所有する地域住民のことを、まず第一に考えることを忘れてはいけません。市民は「世界へ発信」などという売り言葉など求めていません。地域住民に発信して欲しいのです。 指定管理者と現場の技術者との隔たりもあります。今こそ、昔ながらの会館スタッフの悪いイメージを払拭して、指定管理者制度の導入を良い機会と捉えて、技術者のあり方を再構築する好機だと思います。 ホールの意義を再認識して、指定管理者と劇場技術者が協力し合うことが重要です。そこで、劇場技術をビジネスと捉えて自立すべきです。
劇場技術者は労働者 さて、私たち劇場技術者はアーティストでしょうか? 労働者でしょうか? 難 しいところですが、そこを明確にしなければならない時期にきていると思います。都合に合わせてアーティスト、労働者を使い分けていたのでは、周囲からは分 かりにくいのです。私は、労働者として堂々と確立すべきだと考えています。アート労働者として、プロの技でバリバリやって稼ぎましょう。 したがって劇場技術者連盟は、稼げるプロの場を構築する職能団体であるべきと考えています。 官は職能団体を一つにまとめようとします。これもコントロールがしやすくなるからで、天下りの受け皿になってしまいます。本来は、職能団体はいくつもあって、チェック機能や競争が働かないとくだらない業界になってしまうと思うのですが如何でしょうか。 このような村おこしの例があります。傷ついた柚子は見栄えが悪く売り物にはなりませんが、それをエキスにしてヒット商品にした村があります。その工場で、お年寄りがイキイキと働いて健康でいる。すばらしい村です。 ちょっとした知恵で、地域の小さなブランドが全国区の商品にできるのです。プラス思考で、石ころも磨けば売れる商品になるということです。 そこで私は、進化した公共ホール運営、そこで働く技術者も進化しなければ、これからの時代、使い物にならないと思うのです。業務がなくても毎日ホールに詰めていれば給料を貰えるという時代は終わったのです。
東
京・千駄ヶ谷の津田ホールは、ここは民間のコンサートホールですが、5人全員が技術者です。その人たちが営業も、経理も自分たちでやっています。小規模の ホールのスタッフは、一つの仕事の専門家でなく、音響、照明、大道具の基礎業務をすべてできるようににし、そして営業も経理もやるのです。
海外の状況 ここで、海外について触れてみます。 ア メリカのユニオンは、ご存知のように、自分たちの仕事を守るために、仕事の量に合った組合員数を配置するのが原則で、強力な締めつけがあります。別の分野 を侵すことはご法度です。舞台監督卓や音響調整卓にオペレータでない者が触れることはできません。そしてオペレータは、仕込み作業に手を出しません。日本 から三味線演奏者を連れて行くと、その人数分だけユニオンのミュージシャンを雇うことになります。そのようにして自分たちの仕事を、生活を守っているので す。
そのようなユニオンですが、地方に行きますと仕事が常時ないので、日常はパン屋さんとか電気屋さんをやっていたりします。 山にいって美味しい木の実がなっていたらどうするかです。自分で食べるだけ採って食べて、次に来る人や小鳥のために残すか、それとも全部採って持ち帰るかの違いです。日本人は後者です。 イギリスやフランスのユニオン組織は弱いです。ただし、アメリカ同様にオペレータと仕込みの人と区別している部分があります。照明のフォローをする人はリハーサル寸前に劇場にやってきて、仕込み作業はやりません。 ポーランドの国立劇場で公演したとのきのことですが、昼のリハーサルと夜の本番スタッフが入れ替わるのです。仕事が少ないので分け合うのだ、という説明でした。 日本にも立派なユニオン組織があります。能楽協会です。能楽協会に入っている人はプロです。協会に入っている人はさまざまな決まりを守り、ユニオンとして機能しています。また必要以上にプロを養成しないのです。 旧 東ドイツのハレというところに、津軽三味線公演を持っていったときのことです。主催者が観客を呼ぶのを忘れたというので驚きました。社会主義の延長で、イ ベントをやるときは役所に申請してお金を貰う、くれなかったら大騒ぎすると貰える。だから観客が入らなくても問題ないというのです。補助金目当にやってい ると、このような思考になるんですね。これでは、いつまで経ってもプロとして自立できないです。 しかし、アメリカでもユニオンに所属しない人たちの仕事のやりかたは違っています。大道具、照明、音響が入り交じって、互いに手伝って仕込み作業をしていました。ベルギーの小さな劇場もそうでした。 私は40年も前に職場のトップから、「劇場の敷居を低くしなさい」と言われましたが、まさにそのとおりだと思います。 ホールの中に、安くて美味しいレストランがあるとか、劇場の専門書などを販売しているとか、図書館があるとか、コンビニがあるとか、劇場専門知識の相談窓口があるとか、地域住民が集まってくる機能にすることが必要です。 特殊法人から独立行政法人に移行した文化施設もあちこちで頑張っています。行列のできるレストランを誘致して目玉にしているのは、六本木の新国立美術館です。 最 後に、中野サンプラザの話をしたいと思います。株式会社になってから、いきなり黒字になりました。そのためには、ロビーの奥まった暗い場所にあった結婚式 場の受付を、見晴らしの良い階上に移動しました。夢いっぱいの若い二人が打ち合わせるにはふさわしい場所です。それから、使われていない会議室などを貸事 務所に改装して、施設内の人口を増やし、レストランは一流ホテルのシェフを呼び上品にしました。 そしてホールの技術者も、営業や経理の仕事をするようになりました。技術者がホールの利用者にレストランの弁当を勧めたり、打ち上げパーティーの予約を受けたりします。
ホールスタッフの言葉づかいや、接客態度も厳しく教育されて生まれ変わりました。 今 年(2007年1月)になって、中野サンプラザの会議室をお借りして日本音響家協会のイベントを開催しました。協会の担当者が打ち合わせに行き、サンプラ ザの担当者の応対が素晴らしいと感動して戻ってきました。本番当日、サンプラザのその担当者に手土産を持参したほどです。 最後に「営業は民間に学べ」と申し上げて終わりとします。
|